サンタクロースと桃太郎〜文化人類学と民俗学とは

おとぎ話のその先に。サンタクロース・桃太郎。当たりまえのようで当たりまえじゃない、彼らの真実。


はやしです。子どもの頃に当たりまえに見聞きしていたはなしに、もう一つ「なぜ?」を問い重ねれば、それは立派な学問になります。

『火あぶりにされたサンタクロース』

1951年、今から70年近く前のフランス。クリスマス・イヴの日に、サンタクロースが火あぶりにされました。

サンタクロース火刑に処せらる

教区若者組の子供たちの見守るなかディジョン大聖堂前の広場において

ディジョン、十二月二十四日(フランス・ソワール現地支局)

サンタクロースって、もともとどんな存在だったんでしょう。クリスマスプレゼントを枕元におく行為にはどのような社会的な意味があるのでしょう。

クロード・レヴィ=ストロース『火あぶりにされたサンタクロース』
現代文の好きな高校生たちから社会を知った風に語りがちな大学生たちにまで、全員に読んでほしい。
絶対損しない、そんな一冊です。

サンタクロースが教会の人たちによって処刑されたという新聞記事を題材に、レヴィ=ストロースという人類学者は「まるで初めて訪れる自分の知らない世界をみる」かのように私たちがふだん暮らしている日常生活や出来事を考えなおす、というできそうでできない作業をはじめます。

なにか一つの固まった価値基準で外側から他人や社会を捉えることなく、様々な尺度から多様な世界のなかに自ら入り込んで記述していく方法、そんな文化人類学的な考え方によって、「クリスマス」というイベントへの目の向け方がガラリと変わっていくのです。とても面白いです。話のネタにもなりますしね。

『桃太郎の母』

桃太郎は桃から生まれました。

今度は桃太郎ですね。なんてことのないおとぎ話の一節です。

もう少しだけ考えてみます。

 
桃太郎は桃から生まれました。
では、桃が桃太郎を産んだのでしょうか。そんなことはないです。
誰が桃太郎を産んだのでしょうか?
育ての親がおじいさんとおばあさんであることは確かですが、生みの親は誰なのでしょうか。

石田英一郎『桃太郎の母ーある文化史的研究』
文体は少し古いです。

 

よくよく考えると、育ての親のおじいさんとおばあさんも少し変です。

おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました。

山へしばかりに行ったのはなぜなのでしょうか。刈ったしばは何に使ったのでしょう。
おとぎ話になるようなむかしむかしの時代です。川へ毎日洗濯にいくほどおばあさんはたくさんの着物を持っていたのでしょうか。

おとぎ話は少し考えてみると謎が多いですが、それにはそれなりの理由があります。別の本の1ページをめくってみます。

柴は、…主たる用途は燃料、それもたきつけにしかならない。補助燃料である。商品価値が極端に低いものである。…その妻である婆は、毎日川へ洗濯に行っていたという。彼ら夫婦が、そんなに多くの着替えを持っていたわけはない。とすれば、これは洗濯を職業としていたとみなければならない。…彼女には、耕作、炊事、機織り、裁縫、子守り、掃除など、任せられるような仕事が、一切なかったのである。洗濯は、爺の柴刈り同様、もっとも下級な単純労働であった。

浅見徹『玉手箱と打出の小槌』1983年、中公新書、71-73頁

つまり、おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました。という一文は、二人が他の仕事につくことができず非常に貧しい生活を送っていたことを示していることになるのです。

では、なぜそんな貧しい二人のもとに桃が流れてきたのでしょうか。続きが気になったひとは民俗学に興味があるひとです。

子どもの頃に当たりまえに見聞きしていたはなしに、もう一つ「なぜ?」を問い重ねれば、それは立派な学問になります。

そして、それは日常の自明(当たり前)だと思っていた存在や価値観を揺るがすがゆえに、まじで面白いです。

文学部文化人類学民俗学ぜひ頭の片隅に残しておいてください!


書誌情報

クロード・レヴィ=ストロース『火あぶりにされたサンタクロース』(中沢新一訳/解説)2016年、KADOKAWA

石田英一郎『桃太郎の母ーある文化史的研究』1984年、講談社学術文庫

浅見徹『玉手箱と打出の小槌』1983年、中公新書

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