『やし酒飲み』

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第11回目の今回は、わけのわからない、しかしなぜか頭に残ってしまうようなアフリカの小説をご紹介!

アフリカの小説!?

小説、読みますか?

もし読むとしたら、今までどこの国の小説を読んだことがありますか?

日本の、昔の日本の、アメリカの、イギリスの…。書かれている言葉もたぶん日本語か、あったとしても英語でよんでるよ!って感じだと思います。でも、英語で小説を書くのはいまや欧米の人たちだけではないですし、英語でない外国語の小説でも邦訳(日本語訳)で読むことのできるものは多々あります。

その中には、現代日本に暮らす私たちと同じような価値観や感じ方をしている部分もあれば、全く理解できない記述がされている部分も多々あります。どっちの意味でも面白いことが多いです。「やし酒飲み」はそんな中でもエイモス・チュツオーラというナイジェリアの人が英語で書いた物語です。

エイモス・チュツオーラ『やし酒飲み』(土屋哲訳)2012年、岩波文庫

よくわからないが、そそられる

「だ・である」調か「です・ます」調か、どちらかに統一しろ、とよく言われますし、実際どちらかに統一された文章を読むことがほとんどですよね!?

でも、この文章は違います。例えば、

その夜、森林をあちこちと放浪しながら彼を運んでいた時、森林のどこからか、妙なる楽の音がきこえてきて、彼は、その方へ自分をつれて行けというのです。そして、やがてわたしたちは、楽の音のきこえてきた所に着いた。

『やし酒飲み』、46頁

とか、

それから、わたしたちは、借主から「恐怖」をとり戻し、最後の金利を払ってもらった。そのあと、わたしたちから「死」を買いとった男を見つけたので、「死」を返してくれと交渉したが、その男は、それはわたしたちから買いとったものだし、代金もちゃんと払ったのだから、返すわけにはいかないと断ってきた。

『やし酒飲み』、91-92頁

とか、こんなのが全ページにわたって続くんです。

意味不明。でもそれがページをめくるうちにクセになります。

ちなみに「どうしてここではこの言葉が使われているんだろう?」とか「この話の流れになっていることでどんな意味が出てくるのだろう?」とかを考える作業は、大学や文学研究の世界では「テクスト分析」と呼ばれたりします。

しかも、解説にはこう書かれています。

原書が英語なのだということに改めて気づき、さらに強い驚きを感じた。つまり、作者が日本語の「だった」と「ですます」を混ぜたわけではなくて、原典の英語の中にすでに何かそれにあたる特色があって、訳者がそれを日本語に置き換えて考えて再演出したということになる。その面白さがこのようにはっきりと伝わってくるのだから、翻訳というものはすごいものだと思った。

多和田葉子「異質な言語の面白さー飢餓と陶酔の狭間で」(『やし酒飲み』、225-226頁)

初めて読んだとき、確かに僕もおおーって思いました。翻訳って、単に同じ内容の言葉の意味を別のことばに引き写しているわけではないんです!

大学生になること

高校生から大学生になって一番変わることは、「解答すること(すでにわかっている/定められた答えに自分もたどり着くこと)」よりも「問いをたてること(訳の分からないものを明らかにしようと自分なりに設問してみること)」が求められるようになる、ということだと思います。

ひとが与えてくれる問いに答えれば褒められるのは、よくも悪くも大学受験が最後です。補助輪付きの自転車でどれだけ速く走っても、もう誰も褒めてくれません。

そういう意味で、この本はすこし大学生向きな小説だということもできるかもしれませんが、このさいそれはどうでもいいです。

意味不明な小説って意外とよいです。答えのない謎解きをしてる、みたいな感覚です。

あと「フィネガンズ・ウェイク」とかに比べて、同じ意味不明な中でも考えがいがとてもあるのでその点でもとてもオススメです。秋の夜長に、ぜひぜひ〜!

作品紹介

エイモス・チュツオーラ『やし酒飲み』(土屋哲訳)2012年、岩波文庫

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