『マチネの終わりに』

「BooksU」映画化シリーズ第2弾。

ギタリストとジャーナリストの恋物語。苦くて大人な、長編小説。

平野啓一郎『マチネの終わりに』2016年、毎日新聞出版
(いまならLINEノベルでも読めるとか読めないとか)

オトナの小説

「ー彼は、神様が戯れに折って投げた紙ひこうきみたいな才能ね。空の高いところに、ある時、突然現れて、そのまますーっと、まっすぐに飛び続けて、いつまで経っても落ちてこない。……その軌跡自体が美しい。」

61頁、第三章 <ヴェニスに死す>症候群

平野啓一郎の書いた小説は一貫してそうだと個人的には思っているのですが、まず日本語がいいです。綺麗です。

ここにあるのは、蒔野聡史と小峰洋子という二人の人間の物語である。…蒔野聡史と小峰洋子とが、互いに対して抱いていた感情は、何と呼ぶべきだろうか。例えば、友情であったのか、それとも愛だったのか。二人は、苦しみとも癒やしともつかない、時には憎しみのようでさえあった強い信頼を保ち続けたが、いずれにせよ、それをただ、彼らの肉体にのみ問うてみても、詮なきことである。…彼らの生の軌跡には、華やかさと寂寥とは交互に立ち現れる。歓喜と悲哀とが綱引きをしている。だからこそ、その魂の呼応には、今時珍しいようなーそれでいて、今より他の時には決して見出し得なかったような、こう言って良ければ、美しさがある。

7-8頁、序

こんな調子でストーリーが語られていきます。

この序の文章一つとってもわかりますが、これは単純な感情と単純な感情がぶつかるような小説ではありません。

複雑です。一言ではいえません。甘酸っぱさとか皆無です。心地よいほどに苦い小説です。

どうしてそんなに苦いのか。

人の自立した理性的な大人がそれでもその人生を交差させずにはいられない、理知的に生きることの尊さと儚さがここには描かれているからなのかもしれません。

これは確かに、”恋愛”という二人の人間が絡みあうさまを中心に描かれた小説です。

しかし「恋愛小説」と呼ぶよりも、理想や感情と折り合いをつけながら理知的に行動して生きていく2人の人生それ自体を描いた長編小説であるといった方がよりふさわしいでしょう。

「主役」の生き方、「脇役」の生き方

主人公のギタリスト・蒔野聡史に関わる女性には、もう一人の主人公・小峰洋子と蒔野のマネージャーであった三谷早苗の2人がいます。

物語の中盤と終盤に一度ずつ、この2人の女性の生き方が語られる場面があります。

「みんな、自分の人生の主役になりたいって考える。それで、苦しんでる。自分もずっとそうだったけど、今はもう違う。蒔野さんの担当になった時、わたしはこの人が主役の人生の”名脇役”になりたいって、心から思ったって言うの。」…「…女だからそう思うわけじゃない。洋子さんみたいな人は、自分の人生の中で、十分主役として輝けるんでしょうけど、わたしはそうじゃないって。…」

186頁、第六章 消失点

自立して意思が強くて理知的でまるで映画の主役のように人生を送ることのできる人間もいれば、自分はちっぽけな存在に思える一方で誰かのために本当に尽くしたい、立派な映画の名脇役のような存在でありたいと思う人間もいる。それぞれがどのように蒔野と関わっていくことになるのか、とても興味深いです。

初めて読んだときの自分も何だか少しはっとさせられました。他人との関わり方、自分との向き合い方、これからの人生の築き方において、明らかに2人のタイプは違うからです。自分は明らかに…側だな、とか、自分が…のように生きることができないのはどうしてなのだろう、とか考え込んでしまいました。

もう高校生になったら自分がどのような生き方をしようとしている人間なのか、だんだんと見えてくることになるのではないかと思います。響きます。

真剣に他人や将来に向き合っているひとであるならば、誰にだって響く物語だと思います。

過去は変えられる

「花の姿を知らないまま眺めた蕾は、知ってからは、振り返った記憶の中で、もう同じ蕾じゃない。音楽は、未来に向かって一直線に前進するだけじゃなくて、絶えずこんなふうに、過去に向かっても広がっていく。」…「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」

28頁、第一章 出会いの長い夜

この物語の一つの大きなテーマは、よくも悪くも「過去は変えられる」ということです。「未来は変えられる」でなく、「過去は変えられる」。

はじめの方に出てくるこのセリフを読んだときは「はぁ〜なるほど」くらいにしか思わないのですが、ページを重ねるにつれてこの発言が重く主人公2人の人生にのしかかっていきます。

402頁と一見少し長いかもしれませんが、それを踏まえて読んでみたときの読後感たるや、なんともいえない気持ちになります。

映画版だとどんなラストになるのか、今からとても楽しみです。

大人になりたいひと、過去や自分自身を見つめ直したいひと、他人との関わり方に悩んでいるひとはぜひ読んでみてください!

作品紹介

平野啓一郎『マチネの終わりに』2016年、毎日新聞出版

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA